
雨上がりの日曜日、店前を西に向かいます。画面左側の民家はその昔、江戸時代には、本陣といって参勤交代やら、大名行列の時などに宿泊するわけですが 本陣(大名や旗本、幕府役人など格式の高い方ばかりの専用の宿で一般客は泊まれなかったそうです。)だけでは、止まりきれなかったときとか、複数の藩が鉢合わせになったときなどに利用されたのは脇本陣でこちらは、一般客も宿泊できたそうな!私たちは、「武兵衛さま」と呼んで親しんでいます。敷地内には明治天皇が、立ち寄られた 碑が鎮座されています。一般公開はされていませんが、うまくコンタクト(家人に)が取れれば見せてくれないこともないかも?なんて無責任なことを書きましたが、家人は、とっても穏やかな温厚な方です。

本陣の右側の路地をまっすぐ向かいます。右側に寺道筋の案内看板が見えてきます、この看板は、関所周辺まちつくりの会の方達が、ボランティアで制作、設置したものです。

さらに奥へ進みます。見えるでしょうか?右は、新福寺です。もとは天台宗のお寺で、1429年の開創と伝えられております。地震、津波に襲われた宿場の復興に努めた初代荒江(後の荒井)代官の彦坂文右衛門は、退官後に 当寺の再興に尽くされたと伝えられています。また、お墓には、「新福寺殿不撤道閑大居士」と称され今でも、手厚く祀られていると、言うことです。

この奥が お寺になります。

行ってみますか。

山門をくぐります。山号(端龍寺) 宗派()曹洞宗

あ!おはようございます。よく降りましたねぇ~、・・・先ほどの本陣で紹介した、家人です。お寺に、用事があったみたいです。

あまり見かけた事のない観音様群?

この観音様?がどうしてここに、きれいに祀られているのか、 住職に一度聞いたことがあるのに そのことしか 憶えておりません、そのうち 聞きに行ってきます。 
おはようございます。新福寺の奥様です。無断でUPしてしまいました、どうもすいません。本日はここまでです。おやすみなさい。